かな書道 白月会
滑志田 方ひつ

次のページへ

終息祈願

 国難、新型コロナウィルスで私も自粛を経験しました。
友や生徒さんに会えず、寂しかったです。

感動を筆に

 最近感動したこと、ある生徒さんの話です。
その方は会社を経営しています。この渦中に週1回、早起きして
社員の弁当を約30個作ってあげるのだそうです。
心あればこそですね。出光佐三の言葉を思い出し、書いてみました。
「人間愛なくして経営なし」(画像左)

 今年7月7日から大丸セントラルにて、第13回白月会展を開催予定でしたが、
来年9月14日に延期しました。とても残念でしたが、延期=駄目になった
わけではありません。来年に花開く為に精進致します。
「忍耐とは、希望をもつ技術である」(画像右)

日展の会友

 嬉しいこともありました。
日展の会友に承認されました。光栄な事です。

 書文化は、コロナ自粛中でも豊かで心温まる感動を感じられます。
早く、終息いたしますように。

2020年6月

冬ごもり、再び

 令和2年も3月となってしまいました。世間ではコロナウイルスの報道で大変です。
大変な状況に置かれていらっしゃる方々には、早く終息されますように祈っております。

寒玉書道会会員展の延期

 コロナウイルスの関係で、私の所属する寒玉書道会会員展の開催も延期となりました。

 【日時】3月21日〜22日 → 5月9日〜10日
 【場所】京都みやこメッセ (変更なし)

冬籠り

 私自身も、この状況下で色々なものがキャンセルとなりました。
それを逆手にとり、筆を動かしております。
万葉集より素敵な歌を見つけましたので、色紙の大きさに書いてみました。

吾が背子に 恋ふれば苦し 暇(いとま)あらば
拾いてゆかん 恋忘れ貝


 現代人は、このような想いを忘れてしまっています。いけませんネ。
コロナ籠り、冬籠りの間に万葉集をトコトン読んで書いてみたいと思います。

2020年3月

冬ごもり

 あっという間に11月の半ばになりました。
雪も降り、これから私は古の本と筆を持ち冬ごもりです。

最後の銀座画廊

 東京銀座画廊での寒玉選抜展も盛会に終わりました。
来年からは会場を京都に移し、寒玉会員展として大展覧会を開催します。
最後の銀座画廊には、宮本竹逕先生の一幅の本装軸が飾れていました。

 写真右手、宮本先生が昭和63年歌会始め召し人になられた時、水が勅題でした。
「清水もて 端渓の硯すすぎつつ 何書かんかと 想いは翔ける」

 写真左手、松の間にてご自分の歌を詠まれた後の歌
「粛然と 静かにすめる松の間に 朗々と響く 硯すすぐうた」

かな書の柔軟性

 10月22日、即位の儀のために高御座 (たかみくら) が松の間に設けられました。
自然と先生の歌会始めのことを思い出しました。
そのような尊敬する師と同じ壁の延長線上に飾られた拙作もご紹介します。

 左右同じ歌ですが、右は調和体で、左はかな書で表現しております。
同じ歌でも、この違い、かな書の柔軟性を感じて頂けましたか?

2019年11月

令和の事始め

 みなさんは令和となって新たに始めたことはありますか?

大字かなとの遭遇

 私はここ30~40年、細字作品を書いて発表しています。
令和として新しい形を模索していましたところ、
亡き師・宮本竹逕先生の大字作品に遭遇し、
新鮮さ、懐かしさ、憧れ等、様々な感情が交錯し、すっかり虜になりました。

 竹逕先生の大字かなは、昭和から平成に華咲きました。
それを私が令和に蘇らせられないか、と考えました。
 細字と違い、大字はあくまでも師風、会風です。
今までの私の細字作品では平安時代に書き残された元永本古今和歌集を基にして
平成時代風に表現して書いていました。

 大それた事を思いついたものだと、今でも震えがきます。

大字かなの発表

 そして、ついに10月の銀座での寒玉選抜展にて発表します。
右下の写真は草稿の段階で、今ごろ表具されていると思います。

2019年9月

平成を振り返る (其の十二)

 いよいよ最終回です。

師のお墓参り

 錬成会閉会後に竹逕先生と奥様のお墓にお参りに行きました。
新しいお花と打ち水、そして、札幌から三人もお参りに来たので
さぞかし先生ご夫妻もお喜びのことと思います。

 平成最後にお墓参りが出来たこと、幸せに感じました。
また、書作品を発表できる場があること、やはり私は幸せ者と思います。

2019年4月(9)

平成を振り返る (其の十一)

 書の道に連休なしとはいえ4月28、29日の錬成会への参加は
正直辛いものが有ります。

31回目の錬成会

 私は平成元年から竹逕先生に師事しましたので、
まるまる30年間の連休錬成会に休まず出席しました。
平成最後となる31回目の錬成会へは、白月会から金井さん、星野さん、
そして、私の三人で出席しました。

 昼間も夜も練習します。大広間は、大字、細字、で活気があります。
理事長先生に直接丁寧に指導頂いています。
金井さんの二尺六尺の大作に、理事長は真剣です。

 勉強に疲れた時は聖護院御殿荘のお庭の緑に癒されました。

2019年4月(8)

平成を振り返る (其の拾)

 いよいよ平成最後の年です。

北海道書道展の審査員

 今年の北海道書道展で私は審査員を務めました。
厳格な審査の結果、大切なお友達の福本恭子さんが準大賞に輝きました。
恭子さんの二尺×八尺縦の堂々とした作品が目の前に掲げられた時、
私はグランプリを確信しました。

平成最後の展示

 平成最後の週から公募展、続いて、令和に入り会友展、表彰式と続きます。
それらに先駆けた展覧会のために作品を書きました。

 4月28日から京都で平成最後の錬成会に出席します。
白月会からは私を含め三人が出席いたします。
これが平成の締めくくりの活動となります。

2019年4月(7)

平成を振り返る (其の九)

 平成23年3月11日、東日本大震災が発生しました。

東北へのオマージュ

 花・満天星を主催する堀田桃櫻先生が哀しみを悼む花展を開催されました。
場所は札幌市東区の茶房法邑です。そこに展示する書の作品を私が書きました。

 この花展では花の持つ力強さに圧倒されました。
本当にその通りに東北は復興に向かっています。

作品の再生

 当時、薄い絹に長谷川先生の句を書きました。
残念ながらその絹が風化してしまい、最近ようやく書き直しました。

天地変 命のかぎり 咲く桜

 長谷川先生の神が宿る良い句です。
改めて「この句を書いた作品がなければこの花展は成立しない」
という当時の堀田先生の情熱に感銘いたします。

 堀田先生に新しい紙で書き直した作品をお渡しするのに時間がかかりました。
新しい紙を今年の春、ようやく入手しました。
これは友人の杉山さんから頂いた中国の土紙という素朴な紙ですが、
本当に素朴で漉き方が穴が空いていたり薄い厚いが顕著なものです。
それを逆手にとり、ピンクで裏をうって作品としました。

2019年4月(6)

平成を振り返る (其の八)

 平成23年7月5日、記念すべき第十回目の白月会かな書展を開催しました。

寒玉書道会の協力

 私は寒玉書道会に所属しております。
十回記念展では寒玉書道会の役員の先生の作品をお借りて展開いたしました。

 若さと寒玉書道会への情熱が書作品に現れ、それは見ごたえがありました。

 堀井理事長に心から感謝申し上げます。

2019年4月(5)

平成を振り返る (其の七)

白月会の目標は、
 1. 親睦を深める
 2. 白月会かな書展
 3. 公募展出品により自らを高める
となっております。
白月会かな書展において、私たちは常に向上心をもって臨んでおります。

百人一首カルタ

 下の写真2枚は六曲屏風に百人一首カルタを貼りまぜしている様子です。
訪問者に喜んでいただけるような白月会かな書展にしたいと会員みんなで努力しました。

 みんな真剣でした。そして、みんな若い(笑)。

2019年4月(4)

平成を振り返る (其の六)

 師との辛い別れがありつつ、頑張って活動しました。

恩師との別れ

 平成14年10月7日に師である竹逕先生がお亡くなりになりました。
その時に私が書いた新聞記事投稿文を掲載いたします。

ぶらうずに寄稿

 平成17年11月に、ぶらうずという北海道建築設計事務所協会札幌支部で
出している会報に寄稿させていただきました。

継続して書展開催

 隔年開催の白月会かな書展は今も継続して開催しております。
第6回から第9回までの案内ハガキを掲載しておきます。

2019年4月(3)

平成を振り返る (其の五)

 平成13年の白月会かな書展は、第5回記念として
内モンゴルの書道家たち9人と共同開催しました。

書のもたらす絆展

 下の写真は案内ハガキと出品目録です。

 モンゴル文字は縦書きしかしません。世界広しといえど、です。
よく見ると、かな文字そっくりです。

カルタ

 胡粉(ゴフン)という蛤の殻を粉にしたものと絵の具と版木を用い
私たちでカルタを手作りしました。
そのカルタに日本の香り高い言葉をモンゴル文字で書いてもらいました。

白音夫先生

 今回の書展において白音夫(バインフ)先生を招聘いたしました。
下の写真の左が白先生、右は師である竹逕先生の奥様です。

 絆展の立役者は金山くん(下の写真の左から2番目)です。
彼は先生の従弟にあたり札幌大学に留学していて私と知り合いました。
白先生の招聘は大変でした。とても素朴な方でした。

2019年4月(2)

平成を振り返る (其の四)

 ついに新元号「令和」が公布されましたね。
私もピッチをあげて平成を振り返りたいと思います。

隔年開催

 その後、白月会かな書展は二年に一度、七夕の時期に開催しております。
下の写真は第一回から第四回のそれぞれの案内ハガキです。

 皆様に沢山お運び頂きたい思いを、毎回のハガキに託しております。

創意工夫

 毎回の書展において特徴を出すようにと、工夫もいたしました。

 自宅に飾っておくもの、お皿、箸置き、大切なものを入れておく箱、そして、照明など。
来場者には楽しんでいただけたと自負しております。

2019年4月(1)

平成を振り返る (其の参)

 平成4年と平成5年、大きな出来事がありました。

海外個展に同行

 平成4年、師・宮本竹逕先生がバルセロナにて個展をしました。
私の母も一緒に同行させて頂きました。初めてのヨーロッパ旅行です。

 下の写真は竹逕先生の奥様と息子様の貴重なショットです。

竹逕先生は平成14年10月7日、奥様は平成24年5月1日にお亡くなりになりました。
寒玉会員皆、今でも御教えを守って仲良くしております。

第一回白月会かな書展

 平成5年7月、第一回白月会かな書展を開催しました。(6日~11日)
場所は大丸藤井セントラル七階スカイボールギャラリー、
5年間精進努力した作品を観て頂く場、会員全員うれし恥ずかしの一週間でした。

 お手本の全てを一点一角違わないように真似して書くことを臨書と言います。
この時は関戸本古今集を会員皆で分臨し二冊の帖という本を展覧しました

 一回展を機に隔年の7月7日に白月会かな書展を継続開催しています。
集合作品も毎回手がけております。

2019年3月(2)

平成を振り返る (其の弐)

 アッ!と言う間に3月に入り平成は61日を残すところになりましたね。
元年からの5年間は、まず生徒さんたちの実力をつける為に勉強をしていました。
また書は生活と密着していますので、併行して社会に役立つ仕事もしました。

ホテルの暖簾

 定山渓温泉・章月グランドホテルの玄関の暖簾を書かせて頂きました。

今はありませんが中居さんの前掛け等に使われているようです。
一度書いたものは、形を変えてでも残るのですね。

和食のお店の暖簾

 ささ花は東京の銀座に40年、今も和食好きの方々に愛されているお店です。
私も年二回程は行きます。

肉料理のお店の暖簾

 肉料理ではみやび。自分自身、強さを全面に出すように書いたものでした。

クラブの暖簾

 聖林華、せりかと読みます。札幌で最高のクラブでした。
今では、このマッチ箱が残っているだけです。

 まだまだ有りますが、一つひとつ喜んで頂けるように試行錯誤した日々が懐かしいです。

2019年3月(1)

平成を振り返る (其の壱)

 昨年は私にとって辛い年となりました。
でも元号が変わりますね、心機一転頑張ります。今年も宜しくお願い致します。
この機会に「滑志田方ひつ、白月会(しらつきかい)と共に平成の30年」として
こちらに連載したいと思います。

かな書道 白月会を設立

 昭和63年までの師は田嶋方外先生でした。
そして、平成元年からの師は宮本竹逕先生となりました。

 白月会の名前の由来は塚本邦雄先生の「けさひらく言葉」より頂きました。

個展、七夕に寄せてを開催

 同年の8月に個展を開きました。

 未熟な私が個展などおこがましかったのですが、
宮本竹逕先生の書風を北海道の壁に飾りたい一心で、
関西かなを宜しくお願い致しますという気持ちでいっぱいでした。

2019年1月

大きな地震

 9月に大きな地震が北海道を襲いました。
天の神、そして、地の神が怒っているのですね。
我が家の場合、食器は壊れましたが人的被害はありませんでした。
ただ、 95才になる母を抱えていますので色々と大変でした。

身近にあった喜ばしいこと

 一つ目は手作りのハロウィンカード。
大阪府高槻市にお住いの圓入先生から頂きました。とても癒されました。

 二つ目は47都道府県のシールのコンプリート。
私は移動の際、いつもJALを利用します。客室乗務員さん達の出身地のシールを集めておりました。
先日、47都道府県のシールをコンプリートして、達成感に浸りました。

正岡子規の句

 地震の時も書きたいと思いましたが、余震も続いたため手が余り動かず、
今朝からずっと書いていました。

書き慣れて 書きよき筆や 冬籠もり


 これから冬になります。私は書き慣れた筆と俳句や短歌の本を持って
籠れる幸せが早く来ると良いなぁと思います。

この度の地震を経験して常に大根を冷蔵庫に入れておこうと思いました。
大根は日持ちしますし、おろし、なます、サラダ、煮物が作れ、ボリュームもあって最高です。
人間って辛いときに食べたいものは知れていますね。

2018年10月

蟻に学ぶ

 各地で異常気象が続いておりますね。
ご被害に遭われた皆様が一日でも早く平穏な生活に戻れるよう
お祈りしております。

誹風柳多留 (はいふうやなぎだる) の俳句

 蟻の世界の話です。

突き当たり 何かささやき 蟻分かれ


 ある朝、自宅の玄関フードの床の上で、
痩せた蟻が自分の何十倍のご馳走を引いていました。
右を引いては、左側を、中央に回り込むのです。
私は五分くらい見いっていましたが、一センチも動きません。
しびれを切らし買い物へ行きました。
そして戻ってみると何と彼とご馳走が消えていました!!

努力は裏切らないですね。

彼にとって私は巨人、彼の何万倍も努力しようと思いました。

2018年7月

高橋真澄さんの写真集に掲載されました

 高橋真澄さんは富良野、美瑛の写真を撮り続けていらっしゃいます。
これまでに70冊の写真集を出版して、このたび、30年の節目に
[風景]という写真集を出版されました。

写真集に掲載された作品

 この記念すべき写真集の一ページに拙作を掲載していただきました。

高橋真澄さんの写真展

 さくら満開の東京、3月28日に新宿で高橋真澄さんの写真展が開催されました。

 自然の声が聞こえました。真澄さんのカメラに神が降りたかのようで、圧倒された一日でした。

2018年4月

新年に寄せて

ホームページ開設9年

 平成21年にこのページを開設しました。
アナログ人間を自称する私が9年継続しております。

 私は、書道を教えたり、書いたりしています。
書は、精神を集中させなければ筆を紙におけません。
三十年前は、電話の音さえも気が散りました。
丑三つ時に書いて居たものです。

現在は、94歳になる聡明で美しい母が居る居間で、
しかも、テレビがんがんなっていたり、母がくしゃみすると目を上げます。
大したことないとわかると、安心して続けられます。

平成三十年も、皆様!どうか宜しくお付き合い下さいませ。

2018年1月

宵の秋

この実何の実、気になる実

 この赤い実は、こぶしの種です。
ひと粒ずつはじけ飛び、土におちて芽を出します。

 赤い種を植えました
マヤ暦によると、私は黄色い種です。黄色い種が赤い種を植えました。
芽が出たら、ご報告致しますね!

芭蕉の句

芭蕉の句を書きました。

酒飲めば いとど寝られぬ よるの雪


 芭蕉43歳、冬に詠んだ句です。よるの雪を酔った気分で書いてみました。
益々寝られない芭蕉、いくらでもネられる私…歳増せど修行足りない宵の秋です。

2017年11月

白月会かな書展のご報告

 第12回白月会かな書展が盛会の内に終えました。

感激と感謝

 会場全体が、作品ですねとお褒めの言葉を頂き感激の1週間でした。
白月の会員は33名、三年に一度、白月という現象のごとく光輝きます。

額作品は、表具に工夫を凝らし表情豊かです。机上作品では巻物、帖があります。
みだれ髪から100首を書き、表裏に貼り付けて30センチの厚さになった帖は圧巻でした。
右側の小さな額作品、寒玉書道会の創始者宮本先生の玉作は、光輝き品格があります。
我々まだ拙い作品が、竹けい先生と同じ壁面に飾られることは幸せです。
隣の縦長の軸作品、堀井理事長先生のお軸は、乗りに乗っているお年まわりです。
来場者の目を釘付けにしていました。
堀井理事長の左手の扇面額作品は拙作で御座います。

万葉集を、原文「文字の形は漢字ですが、万葉かなとい言うかな文字なのです」で扇面に書きました。 この下に、読み下しを仮名で書きました。少し派手ですが、私らしいとの事でした。
小倉百人一首の読み札と取り札をカルタに皆で手分けして書きました。
手本無し、又、これだけ小さな字を書いた事のない若い会員も書いたのです。
師匠冥利につきました。それをカルタとりのように散らした展示も好評でした。

 会員が精進したことと、沢山のご来場者に恵まれ感謝の6日間でした。有難う御座います。

2017年7月

白月会かな書展のご案内

 私たちの社中展を開催いたします。

第12回 白月会 かな書展

 会期は平成29年7月04日から09日まで、
 会場は大丸藤井セントラル7階ギャラリーにて、

 ご来場をお待ちしております。

2017年6月

賞玩の心

 花咲月まっただ中です。
花と言うと桜と思いうかべますが、白冊子には春の花全てを言うと有ります。

都忘れの句

 都忘れの句を書いてみました。

人恋し 都忘れが 庭に咲き (淡路女)


新入生や新社会人のピカピカの制服も眩しいこの頃です。
賞玩の心が倍増する季節です。

2017年4月

平成28年を振り返って

 今年も残すところ、2週間となりました。
私の平成28年は充実した年でした。
と申しますのも、北海道書道連盟にて展覧会部の部長を仰せつかりました。

第45回 北海道書道連盟展

 第45回 北海道書道連盟展は12月7日(水)~12月11日(日)の期間で、
札幌市民ギャラリーで開催されました。

沢山の先生方に助けられ、盛会に終えることができました。

今年は45回展でしたので案内ハガキ、ポスター、作品集の図柄デザインを一新しました。

崩れ麻の葉に藤色の濃淡で色付けしました。古典柄は、華やかさの中に、懐かしさを感じますね。

今年の漢字

 日本漢字能力検定協会が発表した「今年の漢字」は「金」でしたね。
良寛さんの歌の中から金を使った歌が有りましたので、カレンダーにしてみました。

天の下に 満つる玉より黄金より 春のはじめの君が訪れ

来る年が皆様にとり、お健やかで良い年となりますよう祈念しております。

2016年12月

かな書の題材

 漢字は表意文字(意味を持つ字)ですので一文字だけでも作品となります。
しかし、かな文字は表音文字のため、一文字、二文字では作品になりません。
最低でも十七文字の俳句の他に、短歌や古の物語を書きます。
その題材によっては心を揺さぶられ筆が独りでに走ることも少なくありません。

色紙コーナー

 8年前から始まった読売新聞・毎週水曜日の朝刊において、
書法会理事が色紙を発表しています。
久しぶりに古い作品を見たところ、その時に起こった事や大切にしていた事などを
題材を通して書いていたことがわかります。
自分自身、新鮮な気持ちになりましたので、恥ずかしながらご覧いただきたいと思います。


平成21年2月
ゆきの色を
奪ひ弖さ介ける
梅の花
今盛り奈り
見む人毛閑も

(万葉集・大伴旅人)
春嵐去り、花待つこの頃、
万葉の時代は梅と言えば白、
白い雪と競い咲きます。
厳しい冬の間、しっかり
根を張り蕾を育みます。
今日この日のために。
平成21年5月
中空に
さやかに照れる
月ひとつ
光をうけし
萬の小竹の葉

(ゆづる葉の下・
土屋文明)
この連休中に亡き父の
本棚を整理していた際、
土屋文明の歌集を
見つけました。
ひとつの月と萬の葉の
対比は美しく、
「読める書」で書きたい!
と、駆り立てられて
筆を持ちました。
平成21年10月
大由布に
従う山も
粧へる

(播水の句)
秋も深まる頃になると、
ある評論家の先生にいただいた
手書の脇付を思い出します。
脇付とは、様の脇に「侍史」
などと書きますが、
そこには「粧次」と
書かれていました。
すてきな言葉は貴重ですね。
北海道の山の粧いも宝物です。
平成23年2月9日
等夜の野に
兎ねらはり
をさをさも
寝なへ子ゆゑに
母に嘖はえ

(万葉集)
うさぎ歳が始まりました。
万葉集に兎という字の
入った歌を見つけ、
珍しいので書いてみました。
これから
佳いことも、困難なことも
あるかもしれません。
ピョンピョンと
跳び越えていきましょう。
平成23年5月4日
いのちひとつ
身にとどまりて
天地のひろくさびしき
なかにし息す

(窪田空穂)
新千歳空港で、
被災地の気仙沼に赴くという
若き医師たちに出会いました。
「どうかよろしく
お願いします」と
言うことしかできない
ちっぽけな私が
息をしていることに
気づかされました。
平成23年10月5日
たましひの
しづかにうつる
菊見かな

(飯田蛇笏)
大震災から半年も
過ぎてしまいました。
日本の秋を代表する菊は、
古くから気高い花と
愛でられてきました。
この句に感動し、被災地に
思いを込めて書きました。

2016年7月

新年のご挨拶

年賀状に添えて

 松の内も過ぎ、花の内です。
大正月を松の内と言うのに対し、小正月から末日までを花の内と言います。
来月に入ると、節分~立春と香りある言葉をもつ行事が目白押しです。
今年も皆々様のご多幸を祈念いたします。

潘陽の書家を迎えて

 札幌・潘陽友好都市提携35周年記念事業が、昨年10月28日~29日に開催されました。
たくさんの訪問団の中、書家は王光氏、素蘭女史、銭学艶女子の3名でした。

 札幌からは5名の書家が彼らを迎え、各々席上揮毛しました。
私は百人一種より3種を選び書きました。
緊張で手が震えてしまいました。

芭蕉の句より

      あけぼのや白魚白きこと一寸(芭蕉)

 一寸は3.03㎝です。古の物語には「一寸法師」「竹取物語」等、たくさんありますが
はたしてかぐや姫は何寸だっだでしょうか?

 筒の中光りたり。
 それを見れば、三寸ばかりなる人いとうつくしうてゐたり。(原文より)


答えは三寸だっだのですね。

2016年1月

うれしい春 ~第56回北海道書道展で準大賞受賞~

 北海道に居て北海道書道展(以下、道展)は大切です。
しかし、道展では「大字かな」が主流であり、
「細字かな」の私には道展に師も先輩もおりません。
今回の「細字かな」の受賞は道展史上初めてのことでした。

受賞作品

 百人一首を書きました。

表彰式

 表彰式の模様です。大賞一名、準大賞七名。私は左から三人目です。

 恥ずかしながら緊張した顔をしております。

 壇上では作品作りの苦労話をスピーチしました。

 上述した通り、「細字かな」での受賞は難しいと考えた上での挑戦でした。
書いて書いて、何度も書きましたが、それと共に沢山の先生の応援のお蔭であることを
心から感謝申し上げます。

2015年9月

書道の小物

 久し振りに更新させて頂きます。
まず、北海道書道展で準大賞を頂きました。2015年5月8日(金)~5月12日(火)に、
札幌パークホテルのパークプラザにて展示されます。
ご覧頂けたら幸いです。

愛用の小物

 書道の「文房四宝」とは、硯、筆、墨、紙ですが、他にも沢山楽しい物があります。
骨董品店で買い求めるのですが、文房具はほとんどありません。
そのため、たまに見つけると嬉しくなります。
 (1) 松花石硯 (頂きもので、きれいな緑の石です)
 (2) 墨床
 (3) 筆架
 (4) 文鎮 (カメ)
 (5) 文鎮 (さくらんぼ)
 (6) 水滴 (古代ガラスの鴨)
 (7) 水滴 (雲模様の石の器)

(1)の松花石硯の裏面には蘭の花が彫られています。

見て楽しむ小物たち

 二台の紫檀のかざり棚に、かわいい小物を並べています。
   (8) 硯屏
   (9) 打出し水滴
 (10) 古代ガラスの筆洗い
 (11) 螺鈿水滴

 (12) 筆洗い
 (13) とぎ出し水滴
 (14) ブック型水滴
 (15) 九谷焼水滴

2015年4月

第11回 白月会 かな書展(其の二)

 前回に引き続き、第11回 白月会 かな書展の作品をご紹介いたします。

お花 堀田桃櫻先生

 草月流の先生で世界で活躍されています。
今年は忙しくて書の作品は出品できませんでしたが、お花で参加して下さいました。
華やかでした。

星澤幸子先生

 有名なお料理の先生です。
一つのことができる方は何でもできるのですね。
明朗愛和などモットーとしている言葉を扇面や短冊に書いて
風炉先屏風(ふろさきびょうぶ)を作りました。

小学六年生の二人

 いつもは半紙ですが、今回は条幅に思いっきり楽しそうに書きました。

藤田ノアくん 藤田ルカくん

白樫雅子さん

 三か月前に入会しました。
「今の自分を見てもらおう」と亡くなったお母さまの好きだった
松葉牡丹の俳句を書きました。

紅白の
松葉牡丹に
母をおもふ
(石鼎)

2014年8月

第11回 白月会 かな書展(其の一)

 第11回 白月会 かな書展を無事終了しました。
開催回数を重ねるごとに一人一人佳いものを書き、表具にも気を配りました。
120%の出来と自負しております。今月と来月の2回に分けて作品をご紹介いたします。

賛助作品 座間井邨先生

 御年99歳、白寿です。岐阜在住。

今の夜は
八掛け時代
われ若く
書かな磨かな
書の道遥けく
(白詠)


作品をご覧になった方は、
「これは五掛けの若さがある」
とおっしゃっていました。

賛助作品 故・宮本竹逕先生

 お亡くなりになって、もう12年が過ぎました。

みな人を
おなじ心になしはてて
思ふおもはぬ
なからましかば
(和泉式部)

拙作 滑志田方ひつ

 吉井勇の情熱的な歌を書きたく、赤い紙を使いました。
表装には若い頃に締めていた帯を用いました。
玉椿の朱色が半切紙の朱と同じ色だったからです。

鎌倉の裏山づたい
君と行く
山百合の花月草の花
夏は来ぬ
相模の海の南風に
わが瞳燃ゆ
わが心燃ゆ
(吉井勇)

石村冬苑さん

 いつも太い筆で調和体を書いていますが、本展では中字に初挑戦しました。

酒の香の
恋しき日なり
常磐樹に
秋のひかりを
うち眺めつし
(吉井勇)

長澤雅子さん

 今は亡きお母さまが詠んだ歌を書きました。

若き日に
夢を託せしこともあり
窓越しにみる
十六夜の月
(長澤キクエ)

2014年7月

気忙しい(きぜわしい)日々

半年ぶりの更新でございます。とても気忙しい毎日でした。

第11回 白月会 かな書展(2014/7/8~7/13)について

 隔年(奇数年)の7月に開催している「白月会 かな書展」が今年も近づいてきました。

 先ほど用いた「気忙しい」という文字を英語ではどう表現するのでしょう?
日本語では、この一言だけで大半の方に感じてもらうことができます。
このような香りある言葉や歌を題材にかな書の作品を発表しています。
是非ご高覧賜りたく、ご案内いたします。

2014年6月

小倉百人一首の全文を書写

 新年おめでとうございます。
お健やかで佳い一年となりますよう、祈念いたします。

百人一首の種類

 一口に百人一首と言っても、いくつか種類があります。
鎌倉時代の「小倉百人一首」(藤原定家撰)、室町時代の「新百人一首」(足利義尚撰)
そして、現代の「新々百人一首」(丸谷才一撰)です。
中でも一番有名なのは定家の「小倉百人一首」。
カルタにもなり、「百人一首」と言えば、これを指すことが多いです。
私は昨年、その全文を書写いたしました。

方ひつ書・小倉百人一首(一部抜粋)

 定家は天智天皇から順徳院までの六百年という長い歴史の中から、
百人の歌人と歌を古い順に選び出しました。
一部ではございますが、私の書写を掲載いたします。

 1 秋の田のかりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ 天智天皇
 2 春過ぎて夏来にけらし白妙の 衣ほすてふ天の香具山 持統天皇

 3 あしびきの山鳥の尾のしだり尾の ながながし夜をひとりかも寝む  柿本人麻呂
 4 田子の浦にうち出でて見れば白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ  山辺赤人

 97 来ぬ人を松帆の浦の夕なぎに 焼くや藻塩の身もこがれつつ 権中納言定家
 98 風そよぐ楢の小川の夕暮は 御禊ぞ夏のしるしなりける 従二位家隆
 99 人も愛し人も恨めしあじきなく 世を思ふゆゑにもの思ふ身は  後鳥羽院

 100 ももしきや古き軒端のしのぶにも 猶あまりある昔なりけり  順徳院

2014年1月

書道展の楽しみ方

 今年の夏 (2013年7月13日~9月8日)、東京国立博物館で
特別展「和様の書」が開催されました。
それを観てきた生徒さんとの会話から感じたことがあります。

上見の魅力

 テレビ、パソコンといった技術の発達とともに、
日本では横から見る「横見」が一般的になりました。
しかし、上から見る「上見」の方が美しい物があります。
典型的なのが「金魚」です。
美術評論家の故・津川農さんは陶器に金魚を入れて
飼っていたそうです。「金魚は上から見るのが美しい」と。

 では、書はいかがでしょう。
国宝の巻物より壁に貼ったカラー拡大コピーの方が見やすい
と感じるだけでは書の魅力は十分に伝わらないと思います。
机上作品の上見の魅力を味わって下さい。

漢字の違い

 中国で生まれて時代背景を基に育った漢字と日本に渡来した漢字。
同じ漢字でも手書き文字に表すと違いがあります。

和様字典(日本) 五體字類(中国)

 同じ「華」でも違います。私達、細字かな書道では左の漢字を書きます。
曲線的なひらがなと交えて表現するには右の漢字は調和しないからです。
日本に渡来した漢字は四季折々に詠われた和歌や物語を書きながら
変化してきた和様漢字なのです。

今年も読売書法展・北海道展が11月6日(水)~10日(日)に開催されます。
色々な角度からご覧ください。

2013年9月

紙、装幀、そして、手書き文字

 米Amazonのジェフ・ベゾスCEOが
ワシントン・ポストを買収したと最近のニュースにありました。
彼は新聞をペーパーでは読まないとも聞きました。
これから紹介する本等は私たちの心を豊かにしてくれるものです。
是非ご覧いただき、紙や装幀、そして、手書き文字の大切さを感じて下さい。

源氏物語 巻七 谷崎潤一郎著

 全十二巻で構成される本のうち、ここでは「柏木」から「匂宮」まで描かれています。

 一巻毎の巻名は行書の手書き文字、巻名の書かれた表紙は紙質も色も違います。
本文の紙は全て版木で模様が刷られ、十二巻を通して全て異なる模様となっています。

 上の「雲隠」の表紙をめくりますと下の写真になります。
本文には何も書かれておりません。これは光源氏が亡くなった巻だからです。

 絵は前田青邨によるもので、とても豪華な本です。
亡き父からの大切な大切な宝物です。

国宝源氏物語絵巻 レプリカ

 これは五島美術館に行った際、感動して買ってきました。

 「鈴虫」で始まる絵巻物と二千円札の裏面を続けてご覧ください。

 同じ場所です。造幣局の紙幣デザイナーは上の絵から採ったのですね。
こんなに美しい紙幣は世界中見当たりません。

          花の咲けない冬の日は 下へ下へと根を伸ばす

2013年8月

新春によせて

            初春の御よろこびを申し上げます

七草の歌

 七草がゆは召し上がりましたか?
ここで使用するのは「春の七草」ですね。
セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノゲ、スズナ、スズシロ

 下の作品は山上憶良が詠んだ秋の七草です。

冬の夜に

 今年の冬はとても雪が多いですね。
寒い夜は暖かい紅茶で癒されたいものです。

          雪の夜の 紅茶の色を 愛しけり (日野草城)

2013年1月

第29回読売書法展 北海道展

 1984年にスタートした読売書法展
2005年の第22回展からは北海道展が独立して開催されております。
今年の第29回 北海道展は11月21日(水)~25日(日)の日程で開催されました。

読売書法会の理事としての作品

 私はこの読売書法会のかな部門の理事を務めております。
下の写真が今年の展覧会用の作品です。

 古代紫の2尺6尺という紙を手に入れてから創作意欲が増し
草稿の手直しをいたしました。

 題材は金槐和歌集、鎌倉時代前期の源実朝の家集(歌集)です。
実朝は18歳の頃から藤原定家より教えを受けていました。
今回は金槐和歌集の秋歌から8種選び書き上げました。

作品の解説

 21日には第1会場の市民ギャラリーで作品解説をしました。

 私(写真の左端)はかな作品を担当しました。
私の右隣は調和体をご担当された加藤正叙先生です。

 写真からかな作品の種類の多さに気づいていただけましたか?
机上作品では巻子や帖、額に入れられた作品では縦の大文字、横の大文字、中字、細字。
なかなかバラエティに富んでいて楽しいものです。

2012年12月

二頭の鹿

 懐かしい写真が見つかりましたので思い出話をいたします。

私が飼っていた鹿・ピーター

 下の2枚の写真は小学生の頃の私です。

 私の父が平取町立病院の院長だった頃、動物好きの父のもとに
親とはぐれた動物の子供がたくさん持ち込まれました。
その中にピーターもいました。

 初代ピーターとの付き合いは3年くらいだったと思います。
最初は私の方が大きかったのですが
雄鹿は立派な角が生えます。とても大きくなりました。

 ある時、ピーターの前に野山を歩く人がおりました。
人になついていたピーターは近づいていったようです。
しかし、相手は大きな鹿が襲ってきたと勘違いしました。
そのためピーターは殺されてしまいました。

 二代目ピーターもおりました。
こちらは私が中学生の頃、動物園に引き取られてしまいました。

古今和歌集より

 かな文化の中には鹿が取り上げられた歌がいくつかあります。

 山里は 秋こそことに わびしけれ 鹿の鳴く音に 目を覚ましつつ

 短歌や俳句は社会の営みを表現しています。
それらを書いていると心が癒されますし何より楽しいです。

2012年7月

華道家 堀田桃櫻個展 3.11東北へのオマージュ サクラ・忘れないで

 堀田桃櫻先生は大通文化教室にて「花・満天星」の教室を開いている華道家です。
そして、実は私のかな書道のお弟子さんとしての一面も持たれています。
その桃櫻先生が、先日個展を開かれました。

華道家 堀田桃櫻個展 3.11東北へのオマージュ サクラ・忘れないで
開催日 2012/3/7~2012/3/12
開催場所 茶廊法邑ギャラリー (北海道札幌市東区本町1条1丁目8-27)

3.11東北へのオマージュ

 日本中を震撼させた東日本大震災から1年が過ぎました。
被災地の復興への道のりは、まだまだ長く険しいものと言えるでしょう。
これは被災地への思いをサクラに込めた桃櫻先生の花展でした。

長谷川櫂先生の句

 今回、桃櫻先生は「この花展には長谷川櫂先生の句が必要」と考え、
私に揮毫(きごう)を依頼されました。
 佳い句には神が宿ると以前申し上げましたが、
その佳い句に押されながら今回も書き上げました。

会場入り口
お迎え書
会場内
正面

 まず左の句。「みちのくの山河慟哭初桜」
藍の墨で書きました。墨色が普通と異なること、おわかりいただけますか?
紙は茅の紙で模様があります。白い月と山々が連なります。

 次に右の句。「天地変いのちのかぎり咲く桜」
絹本で書き上げました。裏を打たず、下地の濃い紙が透けてみえます。

 桃櫻先生の感性と佳い句、そして表具に守られた幸せな一週間でした。
日一日と咲き出す5種類の桜、計50本の変化する空間と
来場者の満面の笑みに感謝いたします。

2012年3月

偉大な先祖「川本幸民」

 私の母方の先祖に川本幸民 (かわもとこうみん) という人がいます。
幕末から明治維新にかけて活躍した蘭学者です。
今回はその人について紹介いたします。

偉大な業績

 川本幸民の名はあまり知られていないかもしれませんが、
「日本化学の祖」と呼ばれ、多くの業績を残しています。
現在の兵庫県三田市の出身で、
藩医の父をもち、自らも東京で医者となりました。
その後、蘭学者となり、マッチやビール、写真機の試作に成功したそうです。
下の幸民の写真は自作の写真機で撮影されたものだそうです。

(写真の出展は
 NPO法人九鬼奔流で町おこしをする会/三田市観光協会 発行
 『さんだ人物誌(1) 川本幸民』より)

復刻した幸民麦酒

 日本で初めてビールを作ったとされる幸民ですが
それを小西酒造株式会社で復刻し、商品として販売されています。
リンクはこちらです。

 今月初めに白月会の忘年会をすすきのの蝦天本店で行いました。
その時、小西酒造から取り寄せたこの復刻版ビールで乾杯いたしました。
コクがあるのに飲みやすい辛口のビールでした。

努力の人

 幸民は政治に関与していないため、あまり有名にはなりませんでした。
しかし、西洋の学問に興味を持ち、実験した結果を人に教え、本に書いて残し
と、努力の人であったと言えます。
私もいつの日か、書を通して幸民に近づけるようになりたいと思っています。

   いざや寝ん 元日はまた あすのこと (与謝蕪村)

くる年が、皆様にとって幸多い年になりますよう祈念しております。

2011年12月

第十回記念 白月会かな書展

 隔年で開催している白月会かな書展が今年十回展を迎えました。
白月会は北海道に師も先輩も持たない小さな会ですが、
会員が精進して書き、出品してくれたこと、
そして、寒玉書道会会員であるという誇りも力となり、ここまでやってこれました。

賛助出品

 十回記念展として寒玉書道会の創設者である故宮本竹逕先生をはじめ、
創立にかかわった先生方、そして、現在の若き新生寒玉有志による賛助出品応援もありました。
壁面と机上の作品をご覧ください。凛とした空気が感じられるでしょうか?

田島方外先生の作品

 私の最初の師である、故田島方外先生の作品をご紹介します。
絵と書のコラボレーションです。新しいと思われがちですが20年前の作品です。

私たちの作品

 拙作は六曲利休屏風です。1つの作品の中に小字、中字、大字を配置しました。
この頃作品を立体的にしてみたいと心がけています。


 会員の作品はアイデアいっぱいです。
まず、ジャズマスターの平井くんの作品です(写真中央)。
額の中のマットをレコードのジャケットにしました。

金井さんは亡きお母様の帯をタペストリーにしました(写真中央)。
ずっと一緒にいてほしいという気持ちが込められています。

2011年7月

震災に想う

 3月11日に発生した未曾有の大震災から1カ月経ちました。
しかし、本震と紛うばかりの余震が未だ頻繁に続いており、
被災地の皆様の事、気がかりでなりません。

美しい自然風景を再び

 以下は良寛のうたです。

   形見とて 何か残さん 春は花
     夏ほととぎす 秋はもみぢ葉


あの美しい東日本の自然風景は、必ず近いうちに見られると信じています。

生かされている私たち

 先日、新千歳空港にて、医大の名の入った
アノラック姿の医師団を見かけました。
声をかけたら気仙沼に赴くとのことでした。
「どうかよろしくお願いします。頑張って下さい。
 被災地の皆さんを助けて下さいね。」
そう言うことしかできない、ちっぽけな自分が
生かされているという事に気付きました。

 最後に窪田空穂のうたを・・・

   命ひとつ 身にとどまりて 天地の
     広くさびしき 中にし息す

2011年4月

"墨"を通しての貴重な体験(其の二)

 先月に続き、「日・韓・中 墨の文化交流選抜展」
(平成22年5月17日 駐日韓国大使館・文化院)のお話です。
今月は私のかな書のパフォーマンスをご紹介します。

心臓の鼓動

 写真から私の緊張が伝わりますか?
あがり症なため、この時点で私の心臓の鼓動が
全員に聞こえるのではと思ったくらいです。

 全身が冷や汗の洪水。
でも、無事に書き上げました。

完成した作品と使用した道具

 このパフォーマンスで私が作り上げた俳句は
   ぬす人の とり残したる 窓の月
というものです。

 使用した道具についても少しご紹介します。

 【筆】

熊野筆の一休園より御祝で作っていただいた羊毛を初使いしました。

 【硯】

松花石硯です。
色と姿、そして、裏面の蘭の彫にはウットリします。
これも初使いです

 【墨】

松魅堂製の寒玉(かんぎょく)という油煙墨です。
ちなみに私は寒玉書道会の常任理事をしております。

 【文鎮】

山形で購入したサクランボです。
読売書法展が北海道展として船出する前には、
東北北海道展として山形で開催されておりました。
その頃はツアーを組んで山形を訪れておりました。

兎にも角にも無事終了しました。
グッとビールを飲みたい気分でした。

2011年2月

"墨"を通しての貴重な体験(其の一)

 昨年の話になりますが、
20年来の友人である墨絵の高尾先生からご招待をいただき
「日・韓・中 墨の文化交流選抜展」(平成22年5月17日 駐日韓国大使館・文化院)
に参加いたしました。

テープカットにて

 ここでは普段お会いすることのない方々とご一緒いたしました。
一部ではございますがご紹介いたします。

「NPO国際芸術文化協会・代表 高尾桂先生」・・・写真のちょうど真ん中、黒い着物の女性です
「外務省国際交流課・課長 赤堀毅様」・・・写真の左から4人目
「北海道知事室国際課・課長 佐藤哲夫様」・・・写真の右から3人目
「韓国文化院・院長 姜基洪様」・・・写真の右から4人目
「中国書法学院・院長 劉洪友様」・・・写真の右から2人目

 私は写真の一番右に写っています。

先生方のパフォーマンス

 分野の違う各先生方のパフォーマンスが行われました。

高尾先生の墨絵のパフォーマンスでは、
音楽を流してリズムに乗りながらの楽しい作品作りでした。

劉先生の揮亳(きごう)のパフォーマンスでは、
筆の上部を持ち、直筆での書写に息をのみました。

登別在住の小笠原寛友先生の魚拓パフォーマンスでは、
アッと言う間にできてしまう魚拓の不思議な世界を目の当たりにしました。

私もかな書のパフォーマンスを行いました。
次回ご紹介したいと思います。

2011年1月

年の暮れに寄せて

 師走は何かと慌ただしく過ごすものですね。
年賀状のご準備はいかがでしょうか?

みやび牛の看板

 十二の干支をいちばん思い出すのはこの時期ですね。
牛は昨年の干支でしたが、牛にまつわる作品をまずご紹介します。

 みやび牛は、香り高い日本の大地の恵みを受けて育つ牛です。
凛とした強さと、しなやかさを合わせ持っているという思いで書いてみました。
(作品で使用している) 牛の文字は、設文(せつもん)という文字で、
楷書ができる前の文字です。

 美味しいみやび牛をいただけるお店は六本木にあります。
六本木という土地柄、多くの外国のお客様をお迎えすることでしょう。
加えて、みやび牛は世界一となりますので、
読めずともわかる文字としました。

清水比庵の短歌

 清水比庵(しみず ひあん)[1883年(明治16年)2月8日-1975年(昭和50年)10月24日]は
備中に生まれた歌人です。彼の短歌を書きました。

    あしたより 晴れて暮れゆく くれなゐの
              あなうつくしや あなくれなゐや


 この歌は韻をふんでいて、くれなゐが2つ、あなが2つ、そして、れが4つあります。
私はこう思いました。
簡単に書けるものではなく、10年書いても書けないものでもなく、
今日は書けなくても、明日、来年書けるもの・・・それがこの歌なのではと。
でも難しかったです。

 来る年は皆様にとりまして、お健やかで佳い年となりますように
祈念いたしております。

2010年12月

宮本竹逕先生(其の三)

 竹逕先生との別れは、平成14年10月7日に訪れました。
享年90歳でした。
翌年の春、札幌で開催された「読売書法展 北海道秀作展」開催の折、
読売新聞に私は先生への思いを寄稿いたしました。
少し長くなりますが、全文を以下に掲載いたします。

師への思い

[読売新聞 2003年(平成15年) 3月26日 掲載 (写真は除く)]

 昨秋ご逝去されたわが師・宮本竹逕先生は、私にとり、限りない誇りです。
それは、人の困難と思われた書業に、果敢に挑戦され、
それをことごとく成就させた書道家だからです。

 先生は、万葉集、源氏物語、平家物語、その他、平安時代から現代に至るまで、
膨大な量の書写を残されました。
そのうちの百二十五帖は、国立博物館に所蔵されております。
これは、書道家として初めてのことで、今後「平成の古筆」として、
永遠にその名が記されていくことでしょう。

 これまで、古筆といえば、「高野切」一辺倒だった時代に、
「竹逕といえば関戸」と呼ばれるほど、関戸本の研究に打ち込み、世に広めました。
関戸本という上代様仮名から”竹逕芸術”を打ち立てたことは、
書の革新の樹立といえるでしょう。

 また、机上の作品から壁面芸術にも目を向けられ、
現代の大字仮名の基礎をつくり、それを普及させた功績も高く評価されております。

 そんな先生のもとに、私は月に一度、吹田市(大阪府)のご自宅まで稽古に伺っておりました。
いつ、いかなる時に伺っても、先生は机に向かい、真剣な表情で書を書いておられました。
どんなに没頭されていても、私の訪問を知ると顔を上げられ、
「よう来た、よう来た」と、優しく迎えてくださいました。
しかし、未熟な私の作品を見る”師の目”は、一切の妥協も許さない厳しいものでした。

 おごることはせず、真摯に書と向き合い、コーヒーとチョコレートをこよなく愛した先生。
「自分を信じ、黙って書いていなさい。必ず、誰かが見ていてくれるものです。」
と話されたお言葉が、今も鮮烈に、耳に焼きついております。合掌

2010年10月

宮本竹逕先生(其の二)

 竹逕先生は大正元年9月25日、ねずみ年生まれです。
うれしはずかしですが、不肖私もねずみ年生まれです。

師邸での稽古

 先生のご自宅は大阪・吹田市にあります。
私は平成元年から毎月稽古に伺いました。休んだことは一度もありません。
下の写真は先生のご自宅の玄関前のものです。

 この玄関を開けると背筋が伸びました。
そして、先生の御前に座ると背中から冷や汗が流れ出しました。

 竹逕先生は背も高く、骨格・品格に秀で、声も大きく、
ひとつの文学などを書き出したら、最後まで書かないとすまない方でした。
平安時代この方、これほど書を書いた人はいないと言われ、
私たち寒玉会会員は誇りに思います。

2010年9月

寒玉書道会 第六回 選抜展

 6月19日(土)-21日(月)に大阪マルビル 大阪第一ホテルにて開催された寒玉書道会の選抜展。
平成十七年に「寒玉三十人展」が「寒玉選抜展」に変わり、今年で第六回を迎えました。
会長 座馬井邨のご挨拶が作品集の巻頭にあります。
その一部を以下に引用いたします。

    年を重ねる毎に若返っている選抜展会員の面々は、
    寒玉伝統の「雑草精神」
      ---どんな環境にあっても不屈の心をもって
        書の道に励んでゆく---
    その心を忘れず、互いに切磋琢磨、
    精進をつづけております。

冷酒(ひやざけ)

 夏の季語である冷酒(ひやざけ)。2010年4月の記事でもご紹介しました。
完成した作品を今回の展覧会に出品いたしました。

作品集より
(白黒)
知人撮影
(カラー)
冷酒に澄む二三字や猪口の底(日野草城)
縦210cm × 横53cm

師の教え

 日頃より竹逕先生は「文字を書いてはいけない!」と仰っていました。
今回の作品、私としては、文字の大小、傾き、空間を考えて
しっかりと書いたつもりでした。

・・・が、会場で見ると、「アーア、いけない文字を書いた丈で終わっている」
と反省することしきりです。

「いつの日にか、竹逕先生のように書いてみたい」
「書ける」
と思っています。

2010年8月

宮本竹逕先生(其の一)

 6月に開催された寒玉書道会の選抜展をご紹介する前に
故・宮本竹逕先生についてご紹介したいと思います。
先生の話は1回では語りきれません。この後、不定期で何回かに分けてお話します。

わが師の玉作

 寒玉書道会の創始者であり、わが師でもある、故・宮本竹逕先生。
まずは作品をご覧下さい。

    木曽のナー中乗さん
        木曽の御岳さんはナンジャラホイ
             夏でも寒いヨイヨイヨイ
・・・以下略(木曽節)

 濃紺の染紙に金泥でお書きになっています。
金泥を作らせたら竹逕の右に出るものはいないと言われます。
金泥に水を入れ(ニカワも入れるのかな・・・?私は作ったことがありません)
溶いては一日置き、上水を捨てる。
これを一週間ほど繰り返し、純粋な美しい金色が作られます。

 この作品をご覧になって皆さんは美しさの他にキュートさを感じませんか?
"ナンジャラホイ"といったカタカナが使われていて、
先生も楽しんで書かれたからだと思います。

日本人と文字

 突然ですが、ここでクイズを出します。

Q1 世界は何カ国あるでしょうか?
 →  A1 192ヶ国です

Q2 192カ国で使用されている言語はどの位あるでしょうか?
 →  A2 1,000とも、また、方言なども加えると数千とも言われています。

Q3 それらの言語を書くために使用する文字は何種類あるでしょうか?
 →  A3 28種類しかありません。
      世界で発行されている日刊新聞に使われている文字です。

 それでは、今一度先生の作品をご覧ください。
この作品では漢字、ひらがな、カタカナと3種類の文字が使用されています。

日本では現在ローマ字も、そして、αやβといったギリシャ文字も使用されています。
つまり、世界192カ国で使用される28種類の文字のうち
日本人は5種類も使用しているのです。
そして、それらの文字はかな書道という芸術にも使用されています。

かな書道をしていて良かったと心から思います。

あなたも筆を持ってみませんか?

2010年7月

昨年の白月会

 ようやくお花見となりました。
昨年の第9回白月会かな書展(2009/7/7~7/12)の話をしますと笑われそうですが
私の命は白月会ですので少しお付き合い下さい。

会場入り口より

 会場に足を踏み入れると、正面にわが師、故・宮本竹逕先生の軸作品です。
右手の机の上に紺の毛氈が敷いてあって、帖、巻子、自分帖が飾られています。

自分帖

 代表して沢田さんの自分帖を載せます。
道新文化センターの教室「かな書 雅な世界~自分帖をつくる」では、方丈記全文を書写して
各自、自分で大和綴じをします。 世界でただ一つの帖です。

扇子仕立て

 大村さんは扇面の紙に歌を書き、扇子に仕立てました。大好評でした!

書と生け花

 石川さんは古筆(元永本)の臨書をし軸にしました。

彼女のもう一つの顔は生け花の先生です。
下の書は戸鼻さんの作品ですが、お花は石川さんがいけました。
書作品の邪魔にならず、それでいて光っています。

新々百人一首

 色とりどりのハガキ大の紙に皆で手分けして新々百人一首を書きました。

書いて、裏打ちして、貼り込みまで全て会員で作りました。
100枚の紙は色別にして、右から春夏秋冬のイメージで色合いを見ながら貼りました。
会場に立て飾った時は皆、感無量でした。

2010年5月

神が宿る佳句

 4月下旬だといいますのに、なかなか暖かくなりませんね。
このような句を見つけました。

  万つ花や 四方の楚ら見る 八可里那り (待つ花や 四方の空見る ばかりなり)

 書をする者、特にかな書道をする私には香り高い句、歌、詩などを見ると
ドキドキ、ワクワクして筆を持ちたくなります。

佳い句には神の力が宿っているのでしょうか?
作品を書く筆の運びが佳いのです。
歌と紙と筆、そして、私が一体となります。
それは書く者でなければ味わえません。

第41回日展第五科書でのスナップショット

 これはオープニング・テープカットの様子です。二階に上がり写真を撮りました。

寒玉書道会から10人の入選者が出ました。
みなさん嬉しそうな顔をしていますね。
前列右(写真の中央)、座っていらっしゃるのは"座馬井邨" 寒玉書道会 会長、
その左隣の女性は初入選の若いホープの"柴田丘香"さんです。
初入選は嬉しいものですね。

私も8回目の入選をしました。
私の初入選は、第25回日展第五科書です。
今回の入選は久し振りでしたので、
嬉しくて着物を着てレセプションに参加しました。

これから開かれる展覧会

  • 2010年4月28日~5月11日 「第51回 北海道書道展」 (詳細はこちら)
  • 拙作は5月7日(金)~11日(火) 札幌パークホテル「パークプラザ」に飾られます。
    細字がなの横額は北海道では珍しいので、きっとすぐにわかるでしょう。

  • 2010年6月19日~21日 [寒玉書道会選抜展」 於:大阪マルビル
  • 2010年6月29日~7月4日 [寒玉東京選抜展」 於:銀座セントラル美術館
  •  久し振りで太い筆をもち、2尺(60cm)×7尺(2m 10cm)に句を書いています。

      冷酒に澄む二三字や猪口の底

    日野草城という方の句です。
    冷酒(ひやざけ)というのは季語にもあるそうです。
    決して冷酒(れいしゅ)ではなく、熱燗が冷えたものです。
    私は真夏でも熱燗党です。

     佳い句にはやはり神が宿っています。
    自分の手の平より大きな字を書いています。
    楽しくてたまりません。
    書き上げたら写真を載せますね。

    2010年4月

    お花屋さんに飾った作品

     暑い日が続きますね。今日は涼しげな作品を紹介します。
    「花は・はなみち」という生花店(札幌市中央区南8条西8丁目, 011-513-4187)があります。
    南9条通りに面しています。このお花屋さんが新規オープンした時に3点の書作品を置いてくれました。

    麻のれん

     縦250cm×横90cmの麻に、野口染舗・2代目、野口繁太郎さんが3人がかりで藍で裾ぼかしいたしました。

    それは大変美しく(上の写真・左)、「ここに書く!!」ことに、足がすくみました。
    世界で1枚きりの染物です。墨が濃ければ下品になるし、薄ければ滲んで字が書けません。
    小さな残り布をいただいて墨の含み方を練習しました。

     昔からよく言われるように、布に文字を書く時は大豆を煮てそのしぼり汁(呉汁)で墨をすると
    滲み止めになりますし、洗っても落ちません。でも作るのは大変です。
    作っている時、ニカワを思い出しました。薄い墨にニカワを多めに入れてみたところ、
    筆に墨がたっぷりついている所は濃く、3文字目から淡墨風(適度のかすれ)になりました。
    これでよしと、いよいよのれんに向かいました。

     広大な空を見立てた藍色の下部は白っぽくなっています。大きく書くのは野暮ったい。
    左隅に書くことにしました。カメラに見つめられながら、「女は度胸」とばかりに
    墨を含ませた筆をのれんにおろしました(上の写真・右)。
    書は筆をおろしたら最後、書き直しも止めたともいえません。筆の進め方は緩急自在にしました。
    雅印を押して完了です。緊張とワクワクする気持ちが交錯した書作でした。

    他の2作品

     まず、扇の書額(下の写真・左)、そして、夏用の風炉先屏風(下の写真・右)です。

    風炉先屏風は紗(シャ)でできています。後ろに竹や花を置くと透けて見えてきれいです。

    2009年8月

    かな書展のご案内とご報告

    第9回 白月会 かな書展(2009/7/7~7/12)について

     隔年(奇数年)の7月、七夕様の頃に開催している白月会 かな書展が近づいてきました。

    この度のテーマは「新々百人一首・百首」、皆で手分けして書きました。
    1人最低一枚。柳田さん、石川さん、藤本さんは三十首程、受けもちました。
    書いたものを裏打ち表具して、利休屏風に自分達で貼ります。
    1人1人よく書いてくれました。貼り込み作業が楽しみです。
    また、幹部で同歌をかな書の書き方と読める書(調和体)で表現しました。
    会場は第1回から変わらず、大丸藤井セントラル7F スカイホールです。
    名前の通り、天井が開く明るい場所です。是非お運び下さいませ。

    寒玉書道会 第5回 選抜展(2009/6/23~6/28)を終えて

     会場は銀座2丁目の東京銀座画廊・美術館7Fでした。
    カルティエ、ブルガリ、ティファニー・・・高級ブランドが並ぶ銀座通りのビルの中に
    こんなに広く静かな空間があるのかと思いました。連日、最高気温が30度を超える中、
    ゆったりとかな書の額や巻子、帖が並び、まさに都会のオアシスです。

    私の作品は巻子本です。源氏物語・谷崎本を見たことで決まりました。
    五十四帖の中から歌一首ずつ選び、3m 50cmの長さの巻き物に三十二首くらい書きました。
    この作品は、第9回 白月会 かな書展でも発表する予定です。

    第32回 かな書展(2009/5/27~6/1)を終えて

     私の師、宮本竹逕先生が創られた、(社)日本かな書道会には文化庁の後援があります。
    竹逕先生亡き後、現在は富岳凌雲先生が会長を務めておられます。
    日本かな書道会主催のかな書展は日本橋高島屋で毎年開催されています。
    今年もたくさんの来場者で賑わいました。

    私も出品いたしました。巻子(巻き物)です。新々百人一首 (丸谷才一撰) より三十首ほど書き上げました。
    通常「百人一首」と聞くと、藤原定家の選んだ小倉百人一首です。
    しかし、室町時代に「新百人一首」が成立したことはあまり知られていません。
    室町幕府第9代将軍・足利義尚が定家の撰に漏れた歌人の中から集めました。
    では、「現代の百人一首はどうなるのだろう?」と丸谷才一先生に新潮社の谷田編集長が依頼し
    「新々百人一首」が誕生しました。
    大変な仕事なので、道半ばの時は大岡信先生に引継ぎをお願いしていたそうです。
    定家と義尚の二百首を敬遠することなく撰んだ結果、重複しないものとなりました。
    私は新鮮な気持ちでわか草色の料紙を使い書きました。

    2009年7月

    自己紹介

    こんにちは、 です。

    苗字(江戸時代に苗字帯刀を許されましたネ)の"滑志田(なめしだ)"といい、
    雅号(書道で使用する芸名のようなもの)の"(ほうひつ)"といい、
    とっても難しい字なので、文字だけ見ると白いおひげのおじいちゃん先生と思われがちです。
    そこで昨夏の写真(お気に入りの1枚)を掲載します。皆さん!!よろしくお願いいたします。

    かな書道家ですが、こんな仕事もしています。

    定山渓の章月グランドホテルの正面玄関の"ゆやど"を揮毫(きごう)しました。
    春夏秋冬で色が変わり(写真右下)、評判が良かったのですよ。
    今は、リニューアルしたらしく、なくなってしまいましたが・・・。

    普通、表彰状などは筆耕(ひっこう)と呼ばれる方が書きます。
    かな書道家の私が表彰状の揮毫(きごう)を頼まれましたら、この様になりました。

    居間にも飾れると、とても喜ばれました。

    水引・錦水流の免許皆伝の巻物を書かせてもらったこともあります。

    水引文化の世界を垣間見たように思います。

    色々な書の仕事を通して文化を知ります。
    沢山の人たちとの出会いに感謝・・・です。

    2009年4月

    白月会のご案内

    白月 (しらつき)

     白月(しらつき)とは、塚本邦雄先生の『けさひらく言葉』より命名しました。
    いつも、やわらかく照らす月も、白月という現象のときは太陽よりも大きく、黄色く輝くのだそうです。
    私たちも、稽古でしっかり身につけていきます。 来るべきときの為に・・・です。

    古筆 (こひつ)

     私たちは、関西がなの老舗というべき「寒玉書道会」を創立した故・宮本竹逕に倣い、
    古筆 (こひつ) を大切に学びます。 典雅な線美が特徴です。

    かな書道

     かな書道って何だと思いますか? かな書道は、日本の和歌や俳句、詩、古典文学を題材にし、
    筆で書きます。 (漢字書道は中国の漢詩が題材ですね。)
    心静かに墨をすり、呼吸を整えて筆を紙におろす。 忙しい現代に於いては貴重な瞬間です。
    香り高い言葉を書くと、心が安らぎます。 そして、何より楽しいのです。

    今後の展覧会

  • 2009年5月8日~12日 「北海道書道展」 於:札幌パークホテル・地下2階・パークプラザ
  •   は会友出展です。 源氏物語54帖の中から、1首ずつ、28首くらい書きました。
    紙の色は、もちろん若紫色です。

  • 2009年7月7日~14日 「第9回・白月かな書展」 於:大丸藤井セントラル・7階・スカイホール
  •  出品者は30人程です。 集合作品は、利休屏風6曲に葉書大の紙を貼り混ぜします。
    葉書大の紙は100枚です。 題材は新々百人一首 (丸谷才一撰) を全員で手分けして書きます。
    また、方丈記全文を書写して、それを自分で綴じて本にした人もいます。 楽しい展覧会ですよ。

    2009年3月

    次のページへ